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TVドラマで見たアメリカを想像力で“小さな世界”に

ドゥジーモデルワークス代表/ランドスケープクリエーター | 奥川 泰弘

プラモデル小僧をとりこにしたアメリカのTVドラマ

 どんな鳥も人間の想像力よりは高く飛べない、と言ったのは寺山修司だった。想像力とは、単純に言ってしまえばイメージする力なのだが、そのイメージは何もないところから立ち上がるわけではない。人間は、何かを見て、聞いて、触って、嗅いで、そこからイメージを膨らませる。その何かが、アメリカやカリフォルニアだった人の一人が、「ドゥジーモデルワークス」代表の奥川泰弘氏である。

 奥川氏のウェブサイト(www.doozymodelworks.com/)や著書『ランドスケープ・クリエーション1』『ランドスケープ・クリエーション2』などをご覧いただければ一目瞭然だが、そのジオラマ作品は圧倒的である。ただ緻密なだけではない。そこに流れた時間、包んだ空気、光や風や匂い、温もりまでも再現したような作品世界を前にすると、ため息とも、驚嘆ともつかない声が出てくる。まさに、「すごいな、これ!」なのである。あの所ジョージ氏をして、「奥川さんの模型は“完璧すぎて感心しかしない”ってことが弱点だね!!」(『2』の帯より)と、言わしめたほどだ。

 「でも、僕より上手いモデラーやビルダーはいっぱいいる。僕が作品を作るときに心がけているのは、レイアウトや色使いを含めたトータルなバランス。そこだけは負けたくない」

 センスと言ってしまえばそれまでだが、そのセンスは一朝一夕で磨かれるものではない。幼少のころから培われたものや、若かりしときにハマったものや、仕事のうえで経験したことなどが堆積され、発酵し、熟成したものがベースとなっている。それがなければ、人を感心させることも、人にため息をつかせることもできない。

 「僕の世代は男の子ならみんなそうだったように、最初はプラモデル小僧ですよ。オヤジが趣味で作っていたプラモデルをじっと横から見ていて、そのうち自分でも作るようになった。戦車や鉄道模型にハマり、ウルトラマンやウルトラセブンのミニチュア世界に憧れ、そこからジオラマの世界に入っていった。でも、それも小学生のころまでで、中学生になると絵やイラストを描くのが好きになって、さらにアメリカのTVドラマにハマってしまった。当時は『コンバット』をはじめ、『スタスキー&ハッチ』『ロックフォードの事件メモ』『白バイ野郎ジョン&パンチ』など、いっぱいやっていた。なかでも、『ジョン&パンチ』に決定的にやられてしまった。カリフォルニアを舞台に、白バイにまたがった2人の若い警官がハイウェイを疾走していくシーンに憧れた。青い空、風にそよぐヤシの木……、日本にはない空気感というか、ヌケ感というか、文句のつけようのない爽やかさというか、こんないい場所が、この地球上にあるんだと、すっかりアメリカに魅せられた」

作りたいものを自由に作るからこそディテールにこだわる

 高度経済成長期真っただ中の1964年に生まれ、山を切り崩して造成された横浜市金沢区の新興住宅地で育った奥川少年にとって、カリフォルニアの風景に象徴されるアメリカ的なものは、永遠の憧れとなった。東京都内にある高校に進学した奥川氏は、ますます“アメリカかぶれ”を深めていく。それに拍車をかけたのが、『ポパイ』や『メンズクラブ』などの雑誌であり、アイビーやトラッドなどのファッションであり、アメリカングッズの雑貨屋や『ベストヒットUSA』のアメリカンポップスであり、片岡義男の小説、鈴木英人のイラスト、浅井慎平の写真であった。

 「TVドラマなどで見たものから想像を膨らませて、自分でもアメリカのロードサイドやビーチサイドの風景をイラストで描いていました。結局、このころはまったく模型やプラモデルからは離れていた。広告デザインの仕事に就きましたが、あるとき何の気なしに模型店に立ち寄って、ビックリしてしまいました。昔とは比べものにならないほど種類やデザインが豊富だし、色やディテールなどのリアルさも進化していた。そこで、これなら面白いかもしれないと思い、戦車のプラモデルを買ったのが運の尽き。昔の情熱がふつふつと湧き上がり、夢中になった。そのうち戦車単体を作るだけでは飽き足らなくなって、写真を見たり、本を調べたりして、戦車や建物やフィギュアを配したジオラマの世界へ。ハマっちゃいましたね(笑)。それが1990年前後、26歳か27歳のころでした。結局、広告デザインの仕事も、ジオラマ製作も、あるスペースにレイアウトすると言うことでは共通している。広告デザインは2D、ジオラマは3Dという違いはありますが」

 せっかく作ったのだから、人に見せたくなるのは誰しも同じこと。模型雑誌に作例を送って掲載されたり、コンテストに出品して賞をもらったりするようになる。小学生のころと違ったのは、好きな戦車がドイツ軍からアメリカ軍へと変わったこと。やはり、アメリカなのである。しかし、ここで奥川氏は、ひとつの壁にぶち当たる。それは、対象が戦車ならではの“不自由さ”に起因していた。

 「軍事モノはほとんどそうですが、ジオラマの対象テーマが第二次世界大戦のシーンですから正確な時代考証が求められる。時代的にこんな配置はあり得ないとか、色が違うとか、戦場の地形が正確でないとか、場所がおかしいとか、クレームを言う人がいるだろうし、そうした批判をされないためにも自分なりにいろいろ調べて作っていたのですが、それがだんだん面倒臭くなってきた。『好きで作っているはずなのに、なんだ、この窮屈さは……』と、そんな感じです。そこで車も好きだったので、車に乗り換えてみた。こんな車はないかもしれないけど、あるかもしれないと、時代考証などにとらわれずに、自分で作りたいものを作りたいように自由に作ることができる。その自由さにハマった。でも、ディテールなどは雑誌やネットなどで自分なりに納得がいくまできちんと調べています。それに戦車をやっていたことが幸いした。いわゆる汚れだとか、傷だとか、エイジングに関する技術が磨かれた。これは自分でも得意分野だと思っています」

日本にミニチュア文化を根づかせ、ニューヨークで個展が夢

 寂れたバンやくたびれたワーゲン、潮の匂いがしそうなビーチハウスや年季が入ったロードサイドのグローサリーなど、奥川氏が作るカリフォルニアやハワイの片田舎を想わせるランドスケープ(ジオラマ)には、何とも言えない“味わい”がある。その味わいは、ディテールにこだわるからこそ生まれてくるものに違いない。自由だからこそ、こだわれる。好きだからこそ、徹底できる。奥川氏のアメリカ的なものへののめり込みは、アメリカが持つ“自由さ”に触発されたものだと思う。『ジョン&パンチ』だって、日本の白バイ警官にはない自由な大らかさがプンプンしていたではないか。

 「ジオラマ用のパーツも作っていますが、いまの主力はランドスケープ作品そのものを作って、それを買ってもらうこと。それなりに高いお金を出してもらうわけですから、5年、10年、20年たっても、いいなと思って飾ってもらえるようなものを作りたい。日本ではまだ、こうしたミニチュアを飾る文化がないし、趣味の領域だと思われている。欧米ではひとつのアートとして認められていて、昔から人気がある。もっと多くの人にアピールして、こういう世界があるのだということをわかってもらいたい。夢は、ニューヨークで個展を開くことです。カリフォルニアでもいいんですが、楽しんで見てくれる人はいても、『じゃあ、がんばって』で終わりという感じ(笑)。ニューヨークだと、一人のアーティストとして見てもらえるのではないかと、勝手に思っています。ただ、僕が作るのはアメリカ的な世界だから、アメリカ人には当たり前すぎて面白くないかもしれませんが」

 「ものをこさえることが好き」がたどりついた小さな世界

 いま、奥川氏が作り出す作品世界は、アメリカ的な空気感への憧れをストレートに表現したものから、徐々に変わりつつあると言う。

 「エイジングやアンティークな雰囲気という技法的なものは変わりませんが、最近は、現代文明を象徴するようなパン屋や酒場といったインダストリアルな世界に興味を持っています」

 ニューヨークのベーカリーをイメージして、初めて1/12スケールで製作したという作品(http://doozymodelworks.blogspot.jp/)を見ると、確かにインダストリアルデザインへの嗜好が感じられる。キャスケットに半ズボン姿のデリバリーボーイが、トートバッグに焼き上がったばかりのバゲットを詰め、いましも店から駈け出して来そうな、あるいは顔を粉だらけにしたパン屋のオヤジが、白い上っ張りのまま腹をゆすって店の奥から出て来そうな雰囲気ではないか。いわば生活シーンに溶け込んだインダストリアルデザインの世界を垣間見ることができる。それにしても、どうして人は、こうしたミニチュアの世界に魅せられてしまうのだろう。

 「何でしょうかね。結局、“ものをこさえる”ことが根っから好きなんでしょうね。子どものころ、家を増築したときに、大工さんが来て作業するのをずっと横について見ていたそうですから、生まれ持ってのものかもしれません。小さな世界への憧れが強いのでしょう」

 考えてみれば、生まれてものごころついたときから、“世界”は当たり前のような顔をして私たちの目の前にあった。その世界を自分なりの感性や想像力を駆使して作り変えてみること、それがミニチュアの楽しみなのかもしれない。その感性や想像力を刺激したのが、奥川氏の場合、アメリカのTVドラマに登場するカリフォルニアの風景のような、きわめてアメリカ的なものだったのだろう。いま、ここにはないものの象徴としての自由なアメリカは、いつだって光り輝いている。

text : 大湊 一昭

奥川 泰弘
1964年生まれ。情景模型作家。1993年頃から各種コンテストにてミリタリーの情景作品での優勝、入賞を多数果たす。1996年にはイギリスでのコンテストで優秀賞を受賞。現在は80年代のアメリカのTVシリーズを見て脳裏に焼き付いたアメリカの風景や生活を、情景作品として発表している。

www.doozymodelworks.com

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