Be Good Boys

ホットドックを食べながら

Story:Michio Higashi/Art:Yasuhiro Okukawa

 ホットドッグは、ボールパークがよく似合う。野球場であれば、それがメジャーリーグのベースボール・フィールドであっても、ローカルの3A以下のチームしかプレイしない地方のベースボール・パークでも、そここそがホットドッグ本来の居場所ではないかと思われて仕方がない。 肩から吊った保温性を工夫した木箱やアルミ製の箱を胸の前にぶら下げ、

「ドーッグス! ホッドーッグス!」

と叫びながら、少しくたびれたような男が観覧席の石段や鉄骨階段、時には木造のベンチが作り付けられた木の階段を登ってくる。その声を聞くと、もうたまらない。その声に釣られて、いつも一本か二本買ってしまう。一本だと、腹の虫養ひ程度で、酒の肴と言った方がよく、だからこれも必然的に大型の紙カップのドラフト・ビールを買ってしまうのだ。

 ホットドッグは、二つに割られた長細いパンの間に、素っ気なくソーセージが一本挟まっているのが、正しいホットドッグである。キャベツやレタスなどの千切りや、チリビーンズやチリコンカルネ、あるいはチーズなどを挟んであるのは、正しいホットドッグとは言えない。調味料としては、トマトケチャップとマスタードだけ。それも「ハインツ」のオクタゴナル・ボトルのケチャップと、「フレンチーズ」のマスタードでないと、本物とは言えない。オクタゴナル・ボトルは、八角形をしたガラス瓶で、ホットドッグ・スタンドなんかで、この両者を用いていないところでは黄色と赤いプラスティックのボトルを使っているからすぐにわかる。本物ではないのだ。

 オクタゴナル・ボトルでいつも思い出すことがある。あのローマの暴君、ジュリアス・シーザーとローマの初代皇帝アウグストスのことだ。シーザーは自分の生まれた月、七月を自分の名前である「ジュリウス」に変えて「July」にしてしまった。アウグストスもまた自分の生まれ月の八月に名前をあてはめて「August」にした。可哀相なのは本来の「八月」の名前である「October」で、結局は二人の帝王のお陰でふた月後ろに追いやられ、十月の名前になってしまった。足が八本の章魚の名前「Octopus」からも、この話は本当であることがわかる。八角形のケチャップ瓶、ハインツのオクタゴナル・ボトルを振り、なかなか出ないケチャップをののしりながら、いつもこの話を思い出す。

 ホットドッグの「ドッグ」は、アメリカに渡ったドイツ系の移民たちがスモーク・ソーセージを「Bundeworst」と読んだことから来ていて、これは英語では「Dog Sausage」という意味だ。このソーセージを茹でたり焼いたりしたものを屋台で売っていたのだが、そのソーセージが熱いので手袋代わりにパンの上にのせて客に出すようになった。ソーセージを、温めたロールパンに挟んだのは、ブルックリンのコニー・アイランド・アミューズメントパークに屋台を出していたチャールズ・フェルマンで、1889年のことだ。

 この食べ物が、「ホットドッグ」という名前になったのは、ハースト系新聞のスポーツ・イラストレイター、テッド・ドーガンで、1906年、彼はドイツ人をからかう意味でカリカチュアライズして、ダックスフンドを描いたことから始まる。しかし、このホットドッグをアメリカ中に広めたのは、同じコニーアイランドでフランクフルト・スタンドを経営していたネイサン・ハンドワーカーの店によってだろう。今もその名店「ネイサンズ・フェイマス」は、日本にも進出している。

 ホットドッグを食べさせるヴァンが、海辺や町中に見かけると、つい立ち止まり一本注文してしまう。端っこにかぶりつき、その歯触り、味わいの奥に様々なアメリカが見え隠れするのである。

東 理夫
1941年生まれ。作家・ブルーグラス奏者。学生時代からのカントリー音楽ファンで、テネシー州名誉市民の称号を持つ。その知識を基に、世界の推理小説、ドキュメンタリー、料理、音楽など幅広い分野で執筆活動を行ない活躍している。

奥川 泰弘
1964年生まれ。情景模型作家。1993年頃から各種コンテストにてミリタリーの情景作品での優勝、入賞を多数果たす。1996年にはイギリスでのコンテストで優秀賞を受賞。現在は80年代のアメリカのTVシリーズを見て脳裏に焼き付いたアメリカの風景や生活を、情景作品として発表している。

www.doozymodelworks.com

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