Be Good Boys / PEOPLE

芝田 満之/Down South to Mexico ‘79

 最初ハワイに行ったが18歳のとき(1974年)で、当時お決まりのライトニングボルトでジム・リチャードの7’4”を買って6ヶ月、もう乗りまくった。2度目は3年後、いろいろあって今度は板の代わりにカメラを持ってノースショアへ。着いた日がマスターズのファイナルで、そのまま泳いで撮影、これが最初のノース。勝ったのはローリー・ラッセル。その当時のカメラマンって、ダン・マーケル、アート・ブリューワー、ジェフ・ディバイン、ワォーレン・ボルスターにオーストラリアのピーター・クロフォード、若手でアーロン・チャングとジエフ・ホームベーカー、日本からは佐藤弘(傳次郎)に「サーフィン・ワールド」の畠山芳久(ジッタ)みんな凄かった。
 そんな感じでサーフィン写真にのめり込んで数年後、村瀬勝宏(エヘ)とメキシコを目指すことに。波がなかったらビール飲むか吸うか寝る。波があったら徹底的にサーフィンする。夜になると焚き火してギターなんか弾きだしちゃったりしてさ。「あっ、俺達本当のサーファーじゃん」って思ったよね。その時僕達は、メキシコ国境に近いエンスニータスという町にいた。立ち寄ったバーで同席したサム・ホークとメキシコの話に花を咲かせていると、サムの連れの男が話しかけてきた。「おまえら、メキシコに行きたいのか?俺が案内するから、明日出発しよう?」。そんな調子のいい話はないと用心しながらも、しばらく酒を飲み、「じゃあ明日!」と待ち合わせをして別れた。
 翌朝待ち合わせ場所に足を運ぶと、ホセがそこにいてそのまま旅の出ることになる。メキシコシティにほど近いグアダラハラという町に向かう。山岳部にあるシティは夜になると気温が下がり、バスのなかウエットに着替えて寒さをしのいだりした。さらにアカプルコに下り、プエルト・ペテカルコという町を目指す。結局、到着したのは5日目の昼。ビーチを見るとフラットだったが海は大きくうねっていた。旅の疲れとビールが心地よく眠りに誘いしばらく昼寝をしていると、ホセにたたき起こされる。そこには今まで見たことのないパーフェクトな波が次々とブレイクしていた。エヘが板をかかえ波に向かって走り出す!僕は夢中でシャッターを押し続けた!
(サーフトリップジャーナル誌引用/文・富山英輔)

芝田 満之

ロマンティックで情緒的な写真はサーフィン界のみならず、様々な分野から支持され、広告を中心に雑誌のエディトリアルや映画・CMなどの映像も多数手掛けている。代表的な作品集に「Daze」マリン企画、「Lei」ワールドフォトプレス、「カイマナヒラの家」集英社文「SUMMER BOHEMIANS」「saltwater sky」 Bueno Book’s、などがある。映画では近年多くの国際映画祭に招待された「コトバのない冬」の撮影を手掛けた。生活のベースはあくまでも海、そしてサーフィンであるという姿勢は変わらない。

http://www.firstswell.com/

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